UEC-IM(URA)インタビューシリーズ No.001

プロを目指すなら,自説を持て。読む力を鍛えよ。

電気通信大学特任教授 千野俊猛(ちの・としたけ)

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元日刊工業新聞社社長,現在電通大特任教授の千野先生に,氏の記者と経営者の経験を元にした,学生とベンチャー企業経営者に向けるメッセージを聞いた。自分で考える力,自説構築力,現状から将来を読む力の大切さを強調している。そのメッセージは日刊工業新聞の経営再建というハードな経験から得られたものであった。

【2013年11月14日,電通大にて。写真と文/IM(URA) 安部博文)】

▲新宿から電車で20分の距離にある電通大はキャンパス内外ともに緑が豊かである。

千野先生は日刊工業新聞の記者として多くの経営者と接してこられました。また自ら社長として会社を率いてこられました。こうした経験を元に学生やベンチャー企業経営者へ向けてアドバイスをお願いします。

千野  大きなテーマですね,分かりました。ちょっと整理してみましょうか。学生は卒業すると就職しますね。中には数は少ないけれども卒業したら起業する方もいるかも知れない。いずれにしても経済人として社会に出るわけですね。その経済人の中には,経営者になりたいと思っている人もいれば,社長になるなんてことは考えていない人もいるでしょう。
一方,私は経営者には2種類があると思っています。一つは,オーナー経営者。もう一つはサラリーマン経営者です。
オーナー経営者には,いったんは就職しても途中で独立・起業すればなれます。私のように記者として良いものを書きたいということだけしか考えず,自分が経営をする発想がなかったような人間でもサラリーマン経営者になる場合もあります。

千野先生は早稲田大学法学部を出られ,すぐ日刊工業新聞に入り30年間記者生活,55歳で編集局長になり,1年後に社長に就任というキャリアですね。

千野  記者という物書きは独立心が強い人間が多い。私もそうでした。途中,挫折もありましたが,一匹狼ではなく記者のトップである編集局長を目指しました。そして55歳の時に編集局長になって目標を達成。そこまでは良かったのです。ところが1年も経たないうちに重大な経営危機が起こり,実質倒産という経営状況に陥りました。理由は,内部的には過去からの放漫経営の臨界点が来たこと,外部環境的には紙媒体の部数減・広告減という新聞業界の構造問題です。日刊工業新聞社は銀行管理下に置かれ,経営陣で再建計画を作ることになりました。再建計画とは赤字体質を脱却し,利益体質に転換するための処方です。銀行が計画を認めなければ即,会社は整理,従業員は全員失業です。編集局長は取締役ですから,私も再建計画策定に加わりました。

どんな内容の再建計画をお作りになったのですか?

千野  目標は,利益が出せる会社にすることです。利益が出せないと借金も返せませんから。考えられる手は全部打ったと思います。大きなものとしては,資産をスリム化するために本社土地建物の売却,印刷工場の売却。退職金のカットまでしました。事業規模に対して人件費が高かったことから735人体制を500人にする。従業員200人のリストラです。残った社員のヤル気を引き出す新しい人事評価制度の導入等です。
当初,経営者は全員退陣ということでしたが,この計画を策定する過程で,誰が社長になって推進するのか,という話になります。取締役になったばかりの編集局長の千野を社長にする結論になりました。過去の経営判断に関係していないし,取締役の中で最年少でしたから。

再建計画執行のための社長就任だったわけですね。

千野  その通りです。社長に就任するにあたって最も大きな問題は個人保証のことでした。200人の退職金の合計ですから数十億になります。社長としての真剣度が問われていると思いました。同時に再建にトラブルが発生した最悪のことも考えました。
リストラの実行は厳しいものでした。毎晩,飲まずには帰れませんでした。飲んだら肝臓に穴が開く。飲まなかったら胃に穴が開く。そんな思いの日々でした。地下鉄にふらっと吸い込まれないよう,待つのは階段にしました。社長の経営責任の重さ・大変さを痛感しました。社長の仕事は,会社を残すこと。自分がいなくても会社が続く仕組みが必要だ,と思いました。

社長といっても,ゼロからではなく,マイナスからプラスへ持っていく役割だった。

千野  そうです。計画そのものが縮小再建案ですから。拡大基調の華々しいものではないんです。しかも構造不況の環境で右肩上がりの売上高を描く計画は現実性がありません。身の丈を超えていた組織を短期間で正常化するのが私の役割でした。
その経験から,オーナー経営は例えればマラソンだ。なぜなら42.195kmをひとりで全部走り切るから。オーナーはカリスマ経営者でなくてはいけませんし,一人で全部の責任を背負う代わり,工場のチリひとつまでオーナーのものです。一方でサラリーマン経営は例えれば駅伝です。1人が担当した分を走って後に渡す。共にバトンタッチする仕組みがある。それだけに仕組みを無視すると問題が起きる。1人が長い期間やり過ぎると会社がダメになる。私はそう考えていたので,7年経って再建が一段落したので退任しました。これが私なりのサラリーマン経営のポリシーです。

オーナー経営とサラリーマン経営の違いは何ですか?

千野  持ち株比率の大きさです。半分以上持っていればオーナー経営と言えるでしょう。創業家は尊重されますが,持ち株比率で見ると,わずかであるケースは珍しくありません。たとえオーナー経営であっても業績が悪くなれば退任もあります。サラリーマン経営の場合は,預かった会社を次の経営者に引き渡すことが重要です。

ではオーナー経営者,サラリーマン経営者に共通して重要なものは何でしょうか?

千野  特に重要な能力は,人の力を引き出す力です。社長がスーパーマンでも会社という組織全体は回りません。人がそれぞれの持場で力を出せる組織を作る力ですね。もちろん人間的な魅力,高い志,慎み,博愛などいろんな表現がありますが,人に任せられる心を持つこと,になるでしょう。

再建計画の話に戻ります。どのように実行して結果を出したのですか?

千野  結果的に私が借りたお金は5年で完済しました。借金の返済原資は,税引後利益です。再建会社であっても普通に課税されますから,税金の負担はとても大きかった。
で,やったことは方針を明確に打ち出し,その方針について500人の社員に徹底した。社員総会,部長会,局の会議,多くの場を設けて分かりやすく説明しました。社員が危機感を持ち,それぞれが力を発揮してくれた。また,会社の勤務年数だけで給料が機械的に決まる制度を改め,頑張る人が報われる制度に変えました。

一丸となって頑張った,と。

千野  説明が難しいのですが,エンドレスで頑張らなければ達成できないような計画では続かないと思うのです。一所懸命に仕事をして,そこから上がる売上高,それにかかる費用を差し引いて,きちんと利益が残る計画が現実的に成功する計画です。このままだと潰れるとみんなが危機感を持っていた。だからみな死に物狂いだった。それを取引先が認めてくれ,銀行が支持してくれ,結果的に会社を潰さなくて済みました。

最後に,学生とベンチャー企業経営者にメッセージをお願いします。

千野
その1 自説を持つこと。
世の中の変化を認識する。これからこうなるだろうと仮説を立てる。仮説は時間の経過と共に修正する。一連の推論を自説として文章化する。人に説明する。この活動は自分の頭で考えなければできないものです。

その2 自分が知りたいことが何かを知ること。
大量の情報が流れている時代にあって,自分が知りたい情報を集める力が必要。そのためには「自分は何を知りたいのか」が分かっている必要がある。(勝手に)入ってくる情報と,(自分が)知りたい情報を区分けする力が弱いと情報過多の波に溺れてしまう。言わずもがなの前提ですが,念のために言っておくと人を知ること,人とのコミュニケーションは基本です。

その3 自分の物差しを持つこと。
自分の物差しがないと,Aの話が良いと思い,Bの話も良いと思い,Cの話も良いと思う。結果的に自分は迷走する。そうではなく,自分の物差しがあると,聞いた話に対して自分との違いを測り,判断ができる。ここで自分の物差しと言っているものは正しいかどうかというより,自分の経験から導き出したもので良い。
もう一つ言えば,ビジネスの場合,自分の物差しで計れる範囲内が安全圏と言えます。自社のコア技術を守りつつ,新しいことをやる。不易流行。これは非常に大事です。しかし,コア技術から離れすぎると成功確率は落ちます。チャレンジは自分の頭で考え,物差しで計りながら慎重に,ということです。

その4 プロになること。
プロとは,何をしなければいけないかを知っていて,同時に自分が何をしたいかを知っている人=目標を持っている人のこと(私の定義)。この両方を明確にして行動すると,次の新しい目標が出てくる。その相互作用を活用すると良い。

その5 変化に対応する。
変化への対応がビジネスになる。変化自体がビジネス・チャンスになる。思い立ったら,即,行動するスピード感が大切だ。この先どう変化するのかを読む。読んで仮説を立てる。その1につながります。
記者は読みが大事なんです。どういう記者がスクープするかというと,普段からキーパースンと人間関係を作っていて,読みを元に質問してビッグな話を引き出せる人。単に優秀ではなく,相手から見て,この記者には話をしたいと思わせる人間関係を作れるタイプ。

読みと言えば千野先生は競馬を趣味にされていますね。

千野  そうです。競馬は紳士のスポーツですし,読みのゲームでもあります。その話は長くなるので略すとして(笑い)。競馬は過去の実績とレースの特性,血統などで人気が決まります。配当は人気で決まりますが,レースは実力です。人気と実力が一致していない時に大穴になります。ビジネスも同じで,みんなが思っていることと社会で実際に起こることは異なります。そこを読み切れるかどうかが成否につながります。ところで企業は誰のものか,ということについて,「欧米では株主のもの」ですが,「日本ではステークホルダー論」が言われます。企業の利害関係者をステークホルダーと言います。ステイクとは,競馬の掛け金のことです。つまり,掛け金を馬に掛けるのか,会社に掛けるのか,そこだけの違いです。会社に掛けるのは金だけはありません。夢や将来も掛けます。だからこそ読みが大事。

たくさんの箴言をどうもありがとうございました。