流体解析はおもしろい!(1)

ファームフロー代表 朴炳湖(ぴゃう・びんふ) Dr.PIAO BINGHU

 

車が走行するとき,車体の回りでは空気の複雑な渦が発生する。目には見えないこのような現象を現代は流体解析という計算技術を用いコンピュータでシミュレーションすることができる。その結果,より空気抵抗が小さい車体設計を追求することが可能となる。流体解析の分野で学位を取得し,ビジネス化を図っているファームフローの朴代表に話を聞く。

【写真と文/IM(URA) 安部博文】

▲2013年11月13日,電通大にて。

そもそも朴さんはなぜ流体解析を専門にしたのか,お聞かせください。

  大学で勉強し専門家になるのが子供の頃からの夢でした。中国では2種類の戸籍があります。一つが都市戸籍,もう一つが農村戸籍です。田舎に生まれると農村戸籍です。農村戸籍の人間は何もしなければ一生農民です。両親は子供の私に都市戸籍の人間になって欲しいと考えていました。農村戸籍の子供が都市戸籍に変わる方法は大学に進学することです。そのためには勉強することでした。私も大学に行きたいと思っていましたし,両親も行かせたいと思っていたので,学校で良い成績を取ると親が喜んでくれた。それが励みになってさらに勉強していました。おかげで成績は上位でした。でも大学に進むんだと漠然と思っていただけなので,理系にしたのが高校2年,どこの大学にするかを決めたのが高校3年でした。遅いですね(笑い)。高校3年で清華大学の工学部に行くことに決めました。


清華大学の工学部と言えば,中国全土の秀才が集まる大学ですね。難しい学問がお好きなのですか?

  難しいのが好きというより,難しくないものは好きではないですね。また,難しいものは嫌いではないですね(笑い)。工学部の中でも流体はいちばん難しい専門分野のひとつです。根本的に難度が高い分野と言えるでしょう。航空力学が1940年から50年代にかけて飛躍的に進歩しました。航空力学では流体解析が重要な役割を占めています。この時期,世界中の天才がアメリカに集まり,アイディアを出し,実験を繰り返して学問的基礎を築いたわけです。しかし,流体解析で使われる方程式(ナビエ・ストークス方程式)は18~19世紀に出てきたものです。天才数学者の数式を応用し,手計算で流体解析の計算をしていた人たちは凄かったと思います。

工学部で最も難度の高い流体解析を学びました。学部の後の進路はどうしようと考えたのですか?

  留学したいと思っていたので,具体的な方法を指導教員に相談しました。すると先生は,日本の大学院は留学するには適した国だ,と言ったのです。そこでどうしたら行けるのか聞きました。先生は,自分が知っている先生に紹介状を書くこともできるけれど,それより論文を読んで興味を持った先生に直接連絡をとるほうが良いでしょう,とアドバイスしてくれました。それから図書館で論文を調べてみると,電通大の黒田先生のやっていらっしゃることが一番インパクトがありました。

具体的にはどういう内容でしょうか?

  円柱を回転させると,周辺の空気に渦ができますね。流体解析では,空気には粘性がないものとして計算する場合と粘性を入れて計算する場合があります。粘性がないものとして計算する場合もかなり難しいのですが,粘性を入るととたんに難度が上がります。ところが黒田先生は回転体を四角柱にして回転させたときの計算をしていたのです。四角柱ですから,円柱よりずっと複雑な渦が発生します。私のイメージの上の上を行っていたわけですね。黒田先生と学生のチームはフォートランという言語を使ってプログラムを書き,シミュレーションをしていました。私には夢のようなレベルの話です。日本に留学するなら黒田研しかないと考え,学ばせて欲しいと熱意を込めて手紙を書きました。すると黒田先生は快く受け入れてくださいました。

順調ですね

  はい,電通大に来るまでは(笑い)。実際に黒田研究室に来て見ると,流体解析の専門知識,プログラムの知識,コンピュータシミュレーションという概念,全てに関して自分の力が不足している,ということが分かりました。それでどっと落ち込みました。今は笑い話で語れますけど,当時はどうしようかと思いました。しかし何かやらないと回りの学生との差は縮まりません。そこで,時間を作っては自分でコツコツ勉強して不足していた知識を補っていました。すると,ある日,気がつくと研究室の中で理解できているトップクラスに入っていた。

中国語と日本語という研究室での言語も違う逆境の中,ものすごい集中力で勉強したのですね。

  それは分かりませんが(笑い),とにかく自信を持つことができました。すると黒田先生から「朴君は日本に来た時,博士課程まで行くと言ってたよね。修士で終りではないからね」と釘を刺されました。博士課程に進める奨学金を得ていたので,1人だったら問題なく暮らせました。でもこの頃,結婚したんです。それで自分だけが好きな事に集中するのが少し難しくなっていました。

2年間の修士時代の後,3年の予定で博士課程に進みました。

  ええ。しかし順調とは言えませんでした。博士課程に進んだ後,すぐテーマ設定で迷走したからです。回転する角柱周辺の流体解析では黒田先生が日本の先頭を走っていました。しかし面白い研究分野だということで多くの研究者が参入し,あっという間に研究し尽くされてしまったのです。終わった分野をやっても面白くありません。これから何をテーマにして博士論文を書けば良いか,図書館に日参して世界中の論文を読みました。あれこれ読んでいるうち,NASAの研究が進んでいることに気づき,こちらの論文を集中的に読み進めました。

すると発見があった,と。

  はい,その通り(笑い)。当時はNASAの無名といっても良い若手学者2人が「直交格子」の研究をしていました。

直交格子とは?

  例えば飛行機が飛ぶ時にどのような渦を引き起こすかについて調べる時,まずしなければならない作業があります。それは機体周辺(表面)を多面体(正方形)の網目に分割する作業です。メッシュ切りとでも言いましょう。そしてメッシュに切った1つ1つの正方形の表面で流体の変化がどのように起きるのかを計算するのです。当時は,シミュレーションをやる場合,このメッシュ切りの工程でトータル実験時間の8割以上を占めていました。それが直交格子というツールを使うと,メッシュ切りの時間が一気に短縮される,というのです。

博士論文のテーマを見つけたのですか?

  そうです。ただNASAの論文の考え方は私の研究では使えません。というのは,NASAでやっているのは航空宇宙分野で,空気の粘性を考慮に入れていないからです。私は粘性を想定した計算をしていますから。そこで私は直交格子のアイディアを粘性流体へ応用することをテーマにしました。流体の計算で粘性を考慮に入れるか・入れないかで難度が著しく違ってきます。いや,別にこれは私がNASAより難度の高いことをやっている,と言いたいのではありませんよ(笑い)

もちろん,それはよく分かっています。

  扱う数式が違うのです。航空宇宙分野では流体解析にオイラーの方程式を使う。一方,粘性まで考えた流体解析にはナビエ・ストークスの方程式を使う,という違いです。ナビエ氏とストークス氏が導き出した方程式ですけど,彼らは天才だと思います。

朴さんも天才的に努力しますよね。

  まあ(笑い)。努力で言うならば,黒田先生に相談してこのテーマを決めた後はアイディアの正しさを実証するため,プログラムをひたすら書きまくりました。多い時は1日で2万行。テストして間違っていたら全部捨てる。またアイディアを出してやり直す。その繰り返しです。我ながら,この時期にものすごくプログラム力がつきました。黒田先生の助言を得つつ,試行錯誤しながらのブラッシュアップです。当時,自宅の最寄り駅が京王線堀之内駅でした。電通大のある京王線調布駅から20分くらいです。調布で電車に乗ります,そして「やらない」と決めているのに,つい論文やプログラムのチェックをやってしまう。すると気がつくと堀之内駅で降りるのを忘れて次の駅まで行ってしまう。戻る電車に乗ってまた続きをやる,すると堀之内駅で降りるのを忘れて違う駅で降りる。この繰り返しを何度もやりました。終電ギリギリに乗ることも多かったので,ついに電車がなくなり,やむを得ずタクシーということも度々。

あきれるほどの集中力ですね。

  妻から「なんでこんなにタクシー代がかかるの?」と言われました。説明しても信じてもらえませんでしたけれど(笑い)。その頃は,また乗る電車がなくなってしまったと自己嫌悪になっていました。でも,今思い出すと,とても懐かしい。そこまで集中できたことが幸せだったと思います。

そこまで集中して作った博士論文。自信作でしょう。

  自信がある点とそうでない点があります。自信がある点といえば,最初から最後の1行まで全て私の頭で考えた文章です。コピペなし(笑い)。博士課程の3年だけでなく更に2年かけて直交格子の粘性液体シミュレーションの教科書として使えるくらいのところまで完成度を上げたかったのです。でも子供が生まれたので,いつまでも学生でいるわけにも行かず,切り上げました。そこが悔しい点です。あの論文は人目に晒したくないです。

理系を目指す学生にメッセージをお願いします。

  3つ挙げますね。まず努力です。努力しない天才はいませんね。努力すれば最初難しいと思っていたこともできるようになる。そこまで到達するための根気。根気強く続けるための方法はいくらでもあります。自分でそれを見つけること。
次は数学と英語です。この2つはどんな専門分野でも必要だからです。
たくさん苦労がありましたけど,成功の近道があるとしたら,それは人生の不幸ではないかと思います。私は今でも一流の研究者と対等の会話が出来ます。それは1日2万行のプログラムを書いては捨て書いては捨てるムダをたくさんしたから。その時はムダでも後になるとムダではなくなる。失敗が力になります。たくさん経験することが力です。
最後に一つ自慢させてください。

はい,何でしょう。

  中国の山東省でスパコンを使って仕事をしています。その功績が認められ,山東省の学術ランキングのトップになりました。具体的には2012年度の「泰山学者」として認められました。流体の分野ではおそらく初めてです。

それはおめでとうございます。

  最後にもう一つ学生だけでなくパソコンを使う方へのアドバイス。

お願いします。

  文書はこまめに保存せよ,です。書くのに夢中になり,保存を忘れていると,何かの拍子で何時間分もの仕事がパアになります。論文を作っている時期,何度かパソコンのフリーズを経験し,半日分や一日分の成果が消えてしまうことがありました。あの悔しさといったらありません。ですから文書はこまめに保存しましょう,とアドバイスしたいのです。

今日のお話で最も実用的な内容でした(笑い)。ありがとうございます。